ゲーム機の魔力


TVゲーム以前の話です。

私が学生だった頃、デパートの屋上の遊戯コーナーに設置されているゲームというものは実にチャチな種類しかありませんでした。
たとえば「テニス」と呼ばれる物は、ボールであるらしい丸い点を、左右に移動させる直線状の板(これがラケットですね)で打ち返すだけのしろものでした。
この発展形は、後に「ブロックくずし」タイプのゲームとして好評を博すことになるのですが、白黒画面で、ひたすら板を動かして球を打つだけの状態では魅力があるとは言えないものでした。


ところが、いったいどんな実力者が業界に参入した結果だったのか、ほんの数年後、ゲーム機は大ブレイクを起こしてしまいます。
インベーダーゲーム
このゲームのせいで、街の喫茶店のテーブルは、ゲーム筺体に取って代わられてしまう事態にまで発展してしまったのです。(1978年の話ですね)

え? 喫茶店・・・ですか?
当時、今のようなゲームセンターなどというものはありませんでしたから、100円玉を入れてゲームをする筺体はパチンコ屋のすみっことか、喫茶店のはしっこなどにも置かれていたのです。

その頃の100円は、今と比べるといささか価値が高かったように思っています。
それでも、文字通りネコもしゃくしも100円ゲーム機で「インベーダーゲーム」をやりたがるものですから、コーヒーを飲みに来ているのかゲームをやりに来ているのか、さっぱりわからないことになってしまいました。
いっさいゲーム機を置かない喫茶店でもなければ、普通にお茶を楽しもうとするお客さんにとって、迷惑この上ない時代だったのかもしれません。

無限に降下してくるインベーダーを、撃って撃って撃ちまくり、そのポイントを競うというだけのゲームに、それこそ日本中の若者が熱中してしまったのです。
若者・・・?
いや、若者とは限りませんね。かなり中年層のプレイヤーもいたような・・・。
ゲーム機がある場所は、主として大人が利用するお店ですから、この大ブレークは子供無関係、大人の世界のお話だったのです。

どれくらいの大騒ぎであったのか?



インベーダーって、こぉんなヤツ。
いや、今回は私の絵画センスのせいだとは思いたくない。
こんなヤツだったってば、実際に・・・



ある日、私の職場に衝撃が走りました。
聞いたか?!N.K教授がインベーダーゲームをやったそうだぞ!!
N.K教授というのは、私と同じ職場に勤務しておられた植物学の先生で、定年が近いという年齢のお方です。学会においては、知らなければモグリという、たいそう高名な研究者。
ただし、非研究員である事務の女の子なんかから見れば、いつもニコニコとして、穏やかな老紳士。おじぃちゃん先生だったわけです。
「インベーダーって、あのピコピコってやつ?!」
「昼食を食べにいった先にゲーム機があったので、興味を持ってプレイしたらしい。」
「まじっ?!」
「同席したYさんが言ってたんだ。数ゲームやったんだそうだぞ。」
本来、科学者というものは、好奇心旺盛でなければ勤まりません。
それにしても、高齢の大教授がインベーダーゲームに興ずる姿は・・・想像できないものでした。
「成績は、どうだったの?」
名古屋撃ちとか、やったの?」
「いや、さすがに、それはないだろう。」

注:名古屋撃ち インベーダーゲームで高得点をたたきだす攻略方法の名称。名古屋地区のどこかで最初に考案されたという「うわさ」である。現在TVゲームで発売されている「インベーダー」シリーズには、当時を懐かしむため、名古屋撃ちが可能になっていることをわざわざ「宣伝」しているものもある。

たぶん、この年に開かれた植物学会の懇親会などでは
「N.K教授 インベーダーゲームを体験!」
というネタが飛び交ったことでしょう。
そして、「自分も一度やってみるか」と、話のネタに100円ゲーム機に挑戦した学者はきっといっぱいいたことだろうと思います。

インベーダーの大成功で100円ゲーム機の発展は一挙に進みました。
本来の利用客から敬遠されたためか、ゲーム筺体は喫茶店から姿を消し、ゲーム専門店が登場してきます。



ある時、職場の若手研究者たちが親睦をかねて、団体で山の旅館に出かけたことがありました。
夜、ラウンジを通りかかると、T.K氏が一人でゲーム筺体に張り付いています。
そういえば、さっきS氏もここでゲームをやっていて、しばらく動かなかったとか聞いたなぁ。
何のゲームをやっているんだろう?
興味がおきて、ちょいと近づいたら、相手も私に気づいたらしい。
「あ、おい!100円玉くれ!!」
「は?」
「持っているだけ、100円玉を出してくれよ。たのむ。」

思いっきりハマっていたらしいんですねぇ。
軽い気持ちでスタートしたら、はまりこんでしまい、先がやりたくてたまらない。しかし、初心者なので、ミスが多い。コンティニューしているうちに、手持ちの硬貨が足りなくなってきた。
このまま、途中でゲーム・オーバーになるのは、どうにもくやしい・・・そこに、私が通りかかったわけです。

100円玉をその場に積み上げて、あとはね・・・そっとしておきました。

しばらくして・・・得意満面のK氏が借りた100円玉を持ってやってきます。
「クリアしたぞぉっ!!」
   よくできました。

皆さん、東京○業大学のT.K教授は、その昔、旅館のゲーム機にハマって、通りすがりのネェちゃんから100円玉を借りまくった過去をお持ちなんですよ〜。


なんのことはない。
現在のTVゲーム機の発展の火付け役は、実は大人たちだったのかもしれませんねぇ。

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