たがために辞書はある



それは、ある日 飛空艇での夕食時のことだった。
このところ、なんとはなしに不機嫌で、言いたいことがありそうな雰囲気をただよわせていたリュックが、甘いデザートを口に運びながら口火を切った。
「ユウナんの杖、いいなぁ。」
これ?とユウナがお気に入りの杖をしめす。
「リュックと皆ががんばって手に入れてくれた杖だもの、大事な宝物よ。」
花のような微笑をうかべてそう言われると、誰しもが幸せな気分になる。リュックは、まんざらでもないという笑顔をみせて、矛先をティーダに変えた。
「キミも持ってるのよネ。青いの。やったら切れ味よさそうでさ、いいなぁ。」

そういうことか・・・と居合わせた全員が思った。リュックも専用の武器がほしいのだ。

「おっちゃんの正宗なんか、桁違いのクリティカルヒットだすし〜。」
いや、それはそもそもアーロンさんのパラメーターが高いからで・・・とは、誰も言い返せない。

「この間なんか、あンのばかデカイ ベヒーモスにふいうちくらった時・・・」
あンなデカイのに、ふいうちくらう前に気づけよ・・・とは、もちろん誰もつっこめない。

「駆けつけたおっちゃんがかばってくれて、反す刀で一刀両断よ。ベヒーモス相手に一撃よ〜。」
かばったせいで、しっかり負傷したからだ・・・とアーロンの心の声。
正宗入手以来ちょっとやそっとの負傷では、誰も手当てをしてくれない。ひどい時は帰還するまでそのまんま。やむなく俺は自力でケアルを会得したんだ・・・心の中ではもう半ベソ。

「かぁっこよかったな〜。もう、ほれぼれしちゃったぁ〜正宗ぇ。」

だぁめだ〜こりゃ、惚れる相手は「正宗」かよ〜。
話をもれ聞いていたシドはガックリと肩を落とした。まぁ、突然愛娘が誰かに惚れたと言い出したとしたら、それはそれで焦るのではあろうが、色気より食い気より「武器Love」というのは年頃の娘としてやっぱ問題じゃないのか?
なんだか、ため息がひとつ。
とりあえず、そういう一件があったのなら、助けてもらった親として感謝の一つも表さなければなるまい・・あ、そういえばチョットいい酒があったっけか・・シドさんは、ゆっくりと席を立った。

「あたしも、ほしいなぁ。おっちゃんの正宗みたいに、どっかに おっこちていないかなァ。」
「おいおい・・・」
「そんなものが、おっこちていたら、たいてい見つけてひろっているだろう?」
「わかってるけど〜、でも・・でも、ほしいよ。」
いや、正宗だってな、別におっこちていたわけではないのだが・・・

注:「正宗の入手」ナギ平原横の谷底の道の一角にて、ふるびた刀を手に入れるところからスタートするわけだが、もちろん「正宗」そのものがおっこちているわけではない。

ほとんど、オモチャ売り場の幼児のダダこねに近い物がある。

心配したアニキが思わず口をはさんだ。
「リュック・・たのむ。」
「お?おぅ。」
アニキは席を立って、
「リュックたのむ。」
とろけるような微笑を浮かべてルールーがうなづく。
「リュックたのむ。」
「リュックたのむ。」
一人一人の席に行っては真剣そのもので繰り返す。

ティーダがそっとささやいた。
「アニキって、あれしか言えないのかよ?」
「オヤジに教わったらしいんだよね。」
確かに一つ覚えのセリフを繰り返すアニキの姿は滑稽であった。
しかし、ボソリとアーロンがつぶやく。
「何より大切な言葉を最初に覚えたかったのだろう。」
「?!・・・」
「おまえは、いい家族を持って幸せだな。」
「エ・・・ヘヘヘ・・・。」
リュックは予想外の言葉に照れまくりだ。

「なァんで、こういうハズかしいセリフをサラっと言えるかなぁ。」
少々呆れ気味のティーダに、ワッカがないしょの耳打ち。
「こういうのをスピラでは、年の功っつうんだよ。」
「あぁ〜ぁ。」
大いに納得とばかりに、ティーダはニヤリと笑ってみせた。

どこまで聞こえているものか、ながめているユウナの表情がかたい。それと気づいたワッカがポンと肩をたたいた。ルールーがユウナにささやく。
「私達にとって、あなたはかけがえのない妹なのだからね。」
さらに、隣で大きくうなづいてみせるキマリ。
ユウナは晴れ晴れとした微笑を返した。

一方アニキは、とにかく全員に妹のことをたのまずにはいられないらしい。ぐるりとテーブルをまわって同じセリフを律儀に繰り返し、自分の席にもどろうとしたところで、アーロンが言葉をかけた。
「ヘンニョルム チョフアヌウサレシコ チョフニョルハ ズチム ラダヌヨソマ サミヘユガ。リュックダ オボツオハナ ハンソアイユテセタニサミコオガダ・・・」

   注:戦力を強化するためにも強力な武器を探すことは大切だ。
     リュックが望むのならなんとか見つけてやりたいものだが・・・

アニキの顔に喜色がよぎる。なにやら地のままのアルベド語でペラペラと話かけ、アーロンが答える。それを数回繰り返した後でアニキはガッツポーズを極めて意気揚々と食堂を出ていった。

少々ビックリ顔のワッカ。
「アーロンさん、しゃべれるんですか?」
「あちこちで、辞書を入手しただろうが・・?」
       そう、まったくもう、26冊にも分けるなっつうの!!
「おっさん、いちいち読んでるっスか?」
「入手しただけでは語学は上達せんぞ。」
「それはわかるけど、おっさんの口から聞くと、ものすごい違和感があるっス。」
「・・・・・」
「キャラってもんがあるっしょ。おっさんのは、頑固で、融通が利かなくて、不器用で、短絡思考で、動いてから考えるタイプで、どう間違ってもアルベド語ペラペラのインテリ元僧兵っつうのは変!!」
言ったのがティーダだったからか、アーロンは遠慮なく露骨にむかついた表情を示した。あちこちで失笑が沸く。

フォローしようとしたのか、キマリが言った。
「アーロンほど流暢ではないが、皆 学習はしているのではないのか?」
「?!」
ティーダはエッとばかりに振り返った。なんとなくキマリが胸をはっている。
キマリも練習している。
ちょっと やってみ?
「・・ヌヨキ・・ハナ・・・マハヘウソ・・ト・コフキ(少しなら話せると思うし)」
「えっ?・・・え?!」
リュックが満足そうにウンウンとうなづいているところを見ると、どうやらキッチリ言葉になっているらしい。
「ちったァ しゃべれるっつったんだよ。」
「は?ワッカ、聞き取れるのか?」
あらぬ方に視線を泳がせて、かゆくもないホッペを指先でポリポリするワッカ。レディーズの顔がほころぶ。
「ワッカさんの先生は、シドさんだものねぇ。」
「異民族との交流で語学は無視できないって、毎晩のようにおそわりに行っているものね。」
「オヤジ、スジがいいって言ってるよ。」
ワッカ赤面。
「照れるから、や〜めれ〜!」

       ガァ〜〜ン   ティーダ君ショック

「知らなかったの・・・。オレだけか?」

       茫然自失

「知らなかったの、オレだけかよ!
 オレだけか!何で隠してたんだよ!」

手近な(迷惑な話だが)リュックの胸倉をつかみかからんばかり。

       注:いや、さすがに つかんだらマズいぞティーダ君

しかし
「隠してないじゃん。」
「は?!」
「アルキサユコニマ・・ハミカモメ(隠したつもりは、ないわよね)」
「ホフメ。アハニ ゴフゴフソ タッセサカ(そうね。かなり堂々とやってたわ)」

わからなくて、半分なみだ目でワッカを見やるティーダ。おいおい。
「隠しているつもりのヤツは一人もいなかったってんだよ。それに、アルベド・サイクスの連中も、このところ熱心にスピラ標準語を勉強してただろ〜が。」
「そ・・・なの?」

視線が冷たい。
「きみ・・もしかして、かなりのドンカン?」

      シィ〜〜ン

真っ先に吹きだしたのが、アーロン。アルベド語で何か言う。5人が大笑い。続いてキマリがポツポツとしゃべって、またまた5人が爆笑。

ヤバ・・・痛いゾ。痛恨の一撃なんてものじゃないぞ。
ティーダは食器をガシャガシャとかたつけると、大慌てで、辞書置き場へ駆け出していった。

入れ違いに酒ビンをぶら下げて入ってきたのは、シド。
「こいつは、リンが手に入れてきたちょいと珍しいヤツだ。」
大きめのカップをずいとアーロンに手渡すと、強そうな酒をなみなみとついだ。
「強いからな、かけつけ3杯とはいかねェが、まぁ、やってみねぇ。お、ワッカ、皆もどうだ一杯。」
一瞬にしてアーロンの笑みが消えた。

誰しも忘れたい過去はある。

「リュック。」
「?」
「ユウナを連れて、先にでていろ。」
「?・・・・・あ。」
ユウナには、もちろん何のことやらわからない。
が、とにかく部屋をでなくては・・・。リュックは、時間かせぎとばかりに、おおげさなそぶりでアーロンがつがれた酒を飲み干してみせる間にユウナの手をひっぱって、そそくさと逃げ出していった。

「悪いが、先ほどアニキと今後の行程のことで話をする約束をしたんでな・・・」
適当な口実で場をしのぎ、のんべぇの賞賛を浴びつつ逃げ出すアーロン。

      間もなく

想像以上に強かったらしい「シド自慢の一品」に、即できあがったキマリから、べらんめい調のアルベド語(って、どんなんだ?)が滔々とながれだす。

感のいいルールーが、とっさに退出した直後、シドとワッカの、もはや何語かわからない悲鳴が食堂に響いたのはいうまでもなかった。


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